金城琉生は笑って言った。「知っています。そのバイクは僕に任せてください。明日唯花さんに、ちゃんと走れるようになったバイクを返しますから」親友の従弟は何年も前からの知り合いだ。内海唯花は金城琉生を信用していたので、こう言った。「じゃあ、お願いしちゃおう」金城琉生は内海唯花の手助けができて本当に嬉しかった。すぐに電話をかけた。誰に電話をしているのかはわからなかった。内海唯花は彼が住所を教えているのだけ聞こえた。それから、二人はその人がバイクを牽引しに来るまで待っていた。......「若旦那様」運転手の目はとても良く、信号の真向かいにいる女性が女主人にそっくりだったので、信号待ちをしている時に、後ろを振り向いて、目を閉じリラックスしていた主人に言った。「若旦那様、あの女性は若奥様にそっくりですよ」それを聞いて結城理仁は目を開け、前方を見た。道端に男女がいた。その男が誰なのかわからなかった。おそらく距離が少し遠すぎたからだろう。女のほうは確かに彼の妻に似ていた。同じ家で少しの間一緒に生活してきたので、結城理仁はだんだん内海唯花の姿に見慣れてきていた。「通りすがる時、すこしゆっくり運転してくれ。彼女かどうか確認しよう」「かしこまりました」結城理仁は携帯を取り出して内海唯花に電話をしようとしたが、少し考えて、そうするのをやめてしまった。すぐに信号が青に変わった。結城理仁の高級車の列がその前を通りかかる時、車はスピードを少し落とした。車の中にいる結城理仁はその女性が彼の妻、内海唯花だと確認することができた。男の方は誰なのか、彼は車が過ぎ去ってからようやく思い出した。金城琉生だ!奴は恋のライバルだ!内海唯花と金城琉生が一緒にいた?偶然に道端で会ったのか?結城理仁は心の中は疑いの気持ちに満たされ、ひと言もしゃべらなかった。もちろん内海唯花に電話などもしなかった。高級車の列は遠くに走り去った。金城琉生はその遠くの高級車の列を見て内海唯花に言った。「さっき通り過ぎた何台かの車のうち、その一台は結城家の御曹司が毎日使ってる専用車なんだ」車の列が通り過ぎてから、彼はやっと思い出した。内海唯花は適当に尋ねた。「どの結城御曹司?」富豪の結城家のお坊ちゃんだよ。結城グループの現社長さ。この前のパーティに
「彼が普通の人だったとしても、私のような普通の庶民なんか相手にしないわよ」 内海唯花にとって、あの富豪結城家の若旦那については、あの夜パーティーで少し噂話する程度が関の山だ。その後はその人のことなんて頭の中から抜けてしまっていた。まさに彼女が言うとおり、結城坊ちゃんがいくら普通でも、彼女のような庶民とは付き合わないだろう。彼女は決して底辺層の人間とは言えないが、上に行けたとしても限度があるのだ。彼女が知り合った一番のお金持ちは親友の牧野明凛を除いて金城琉生だけだった。金城琉生は名家の金持ちのお坊ちゃんと言える。富豪家の御曹司と彼女が住む世界は全く違うのだから、関わりあうことなどなかった。金城琉生は笑って、それには返事しなかった。彼は内海唯花のことを見下したことなど一度もなかった。でもそれは他の金持ちの坊ちゃんが内海唯花を軽蔑しないというわけではない。彼は上流階級というものをよくわかっていた。みんな家柄、身分、地位ばかり見て話してるのだ。大型パーティに参加した時、彼のような金城家の坊ちゃんでさえ、八方美人になり自分からその偉い人たちと交際していた。うまくいけば気に入られ後ろ盾が得られるのだ。「車が来ましたよ」金城琉生が呼んだ車は路肩に駐車し、人が降りてきて二人のほうにやってきた。金城琉生きを坊ちゃんと呼んだ。内海唯花は彼が金城家の運転手を呼んだことに、この時はじめて気がついた。金城家の運転手は誰から借りたのかわからないピックアップトラックで来た。彼と金城琉生は力を合わせて内海唯花の動かなくなった電動バイクをその車の上に載せた。金城琉生は内海唯花に言った。「唯花さん、もう遅いので修理屋は閉まってるでしょ。坂本さんが明日バイクを修理屋に持っていきます。修理が終わったら、店まで届けますね」「ありがとう」内海唯花は心から金城琉生に感謝した。もし彼に偶然会っていなかったら、彼女はきっとこんな夜遅くに電動バイクを押して家に帰らなければならなかっただろう。そうなれば朝までかかるはずだ。金城琉生はニコニコして「僕たちの仲なんですから、お礼なんかいらないです。唯花さん、車に乗ってください。僕が家まで送ります。まだお姉さんのところに住んでいますか?」「ううん、今はトキワ・フラワーガーデンに住んでるの。琉生君、今日
彼を起こす?おばあさんは彼が寝てしまうと、電話でもかけて彼を夢から醒まそうものなら、激怒すると言っていた。内海唯花が時間を見ると、もう夜中過ぎだった。結城理仁は普段、家に帰ってくるのはいつもだいたいこの時間だから、まだ寝ていないだろう。内海唯花はそれで結城理仁にLINE電話をかけた。結城理仁はまだ寝ていなかった。彼はわざと玄関にドアロックをかけたのだ。どうしてこんなことをしたのか、彼自身もわからなかった。内海唯花と金城琉生が一緒にいて、二人がお似合いだったので、とても不愉快だったのだ。あの腹黒女め、ここはあまり良い条件ではないから、さっさと次の相手を探しにいくとは。ばあちゃんはあの女に騙されているんだ。全部含めても、ばあちゃんが内海唯花と知り合って三ヶ月あまり、どれだけ内海唯花のことを理解できるのだ?ばあちゃんが感謝の気持ちだけで、内海唯花をとても信用しただけだ。それなのに、うるさく彼女と結婚しろと......鳴り続ける携帯をただ見るだけで、結城理仁は内海唯花からの電話に出なかった。しばらくかけ続け内海唯花は自分から電話を切った。しかし、一分も経たないうちに彼女はまた電話をかけてきた。連続三回かけてきてから、結城理仁はやっとその電話に出た。「結城さん、寝ていましたか?」「何か用か?」結城理仁は氷のように冷たく彼女に聞き返した。「ドアロックがかかっていて、家に入れません」結城理仁はしばらく沈黙した後、変わらない冷たさに皮肉を込めた口調で「俺は今日君が高級ホテルで一泊してくると思っていたよ」と言った。内海唯花は彼の話しぶりから皮肉を感じ取った。でもわけがわからない。どうして彼女が高級ホテルに行かないといけないのだ?彼は突然ひねくれて、言葉には刺があった。彼女が彼を怒らせたのか?「結城さん、ドアを開けてくれませんか?」内海唯花は怒らず、彼のそのへんてこな態度を気にしなかった。結城理仁は何もしゃべらなかった。夫婦二人はしばらく沈黙を保ち、内海唯花が口を開いた。「結城さんが私に高級ホテルへ行けと言うなら構いません。どうせいつもあなたがくれたキャッシュカードを持っていますからね。じゃ、今からスカイロイヤルホテルに行ってこのカード使わせていただきます」結城理仁「......」「待っ
「内海唯花、俺たちはもう合意書にサインしたんだ。たった半年待つだけで離婚ができる。それを待ってから次の相手を探せばいいだろ?今から探す必要がどこにあるんだ。今俺たちはまだ法律上夫婦なんだ。今のお前の行為は不倫だぞ」 「俺はお前のことが嫌いだし、お前を愛することもない。だが、男は、普通の男は不倫されるのが嫌なんだよ」 結城理仁は彼女と金城琉生が一緒にいることが嫌なのだ。 彼の様子がおかしいのは、怒っているからだ。離婚前に次の男を探し、不倫することに怒っているのだ。 金城琉生は彼女に片思いをしているんだぞ。 あいつは彼の恋敵なんだ! これは愛の問題ではなく、面子の問題だ。大の男の尊厳の問題だ。 内海唯花はキョロキョロと見回し、何かを探していた。ちょうど良いものがなかったので、彼女は直接手に持っていた鍵と携帯を入れた袋を力いっぱい結城理仁に向かってぶつけた。彼女は空手を習ったことがあるので、人を殴る腕前はかなりのものだった。 結城理仁は彼女がこんなことをするとは思っておらず、完全に油断していて、彼女の袋が完全にヒットした。 袋の中に鍵と携帯が入っていたうえに、彼女は彼の口めがけて殴ってきたので、殴られた後、結城理仁は口元がとても痛んだ。 彼は顔を暗くし内海唯花を睨みつけた。 今まで彼に、こんなことをする度胸があるやつはいなかったんだぞ! 彼を殴った張本人の内海唯花が近づいてきて、腰を曲げて袋を拾った。口調もとても悪かった。「結城さん、そんなでたらめを言うのが好きな口なんて、殴られて当然よ!」 「わけも聞かずに、自分で勝手に解釈して。結城さん、いつもこんなに独りよがりで横暴で、この世で自分だけが正しいとでも思ってるの?」 結城理仁は痛む口を触り、目を見開いて彼女を睨んだ。 「なにそれ?どっちが目が大きいかって?私だってあんたなんかに負けませんけど」 内海唯花は怒ってまたその袋を持って殴りかかった。 結城理仁:......まだ殴る気か! 一体彼女はどこにこんな度胸を隠し持っていたんだ? こ、これは家庭内暴力だ! 「バイクで帰ってきている途中で、どうしてかわかんないけどバイクが動かなくなったのよ。でも、ちょうどいいところに、親友の従弟の金城琉生が通りかかった。彼とはあんたなんかより長い付き合いな
結城理仁の顔はこわばっていたが、耳は少し赤くなっていた。彼が内海唯花を誤解していたから赤くなったのだ。決して恥ずかしいからではない。彼、結城理仁が恥ずかしがるわけなどないだろう!「これは男の尊厳の問題だ!」内海唯花は鼻で笑った。この瞬間、結城理仁の顔は真っ赤になった。「俺は君なんか好きじゃないし、愛してもいないんだ、ヤキモチなんか焼くわけないだろ?君が不倫さえしない限り、どこの誰と一緒にいようがどうだっていい」「いちいち何度も私を好きじゃない、愛してないって強調しないでよ。まるで私があんたのことが大好きで愛して仕方ないみたいじゃない。私たちは結婚して、ただシャアハウスの生活をしているだけでしょ。正直に言うけど、私はね、ただ姉に私のことで義兄と喧嘩してほしくなくて、急いで姉の家を出てきたかっただけ。住むところを提供してくれるから、あなたのおばあさんの申し出を受け入れてあなたと結婚したのよ」「たくらみがあるって言うなら、これこそがあなたへのたくらみよ。あなたに家があって、私はタダで住まわせてもらえる。家賃が浮いたし、姉さんを安心させてあげられるから」結城理仁「......」彼の持ち家は彼自身よりも魅力的なのだ。彼の口からはスラスラと彼女が嫌いで、愛してないと出てきた。でも、彼女の口から彼が嫌いで愛してないと聞くと、その言葉が耳に刺さった。「私も不倫なんてしないわよ。あなたがさっき言ったとおり、半年後離婚してあなたが本当に家と車を譲ると言うなら、私はこの家に住んであの車を使うわ。そして正々堂々と新しい男を探しに行くから、これじゃダメなの?なんでわざわざあなたに不倫してるなんて言われなきゃならないのよ」結城理仁「......」しばらく経って、彼は態度を柔らかくし内海唯花に謝罪した。「内海唯花、申し訳ない。俺が君を誤解していた」彼の言い分は筋が通っておらず、彼女には敵わないのだ。ただ頭を下げて謝るしかなかった。「今後なにか問題があれば、直接私に言って。さっきみたいに内側から鍵をかけて私を外に放っぽり出すような真似はしないで。あなたのその性格はね、将来奥さんをもらっても、仲違いしやすいわ。もし奥さんもあなたと同じような性格だったら、あなたたち夫婦はすぐ冷戦に突入して、最終的には離婚するわよ」結城理仁は黙ってから
それから一晩、会話はなかった。次の日の朝、内海唯花は起きると、まずベランダに行って花たちに水をやり、観賞した。毎日起きてこの花の庭園を見ると、心が洗われ、結城理仁に対するちっぽけな不満など消えてしまうと言うしかない。この庭園は結城理仁が花を買ってきてくれたおかげで完成したのだから。心の状態を整えた後、内海唯花はキッチンへと向かい、夫婦二人の朝食の準備に取りかかった。すぐ結城理仁も起きてきて、キッチンの入口まで来ると、内海唯花が忙しそうにしていた。きつく引き締まった唇が動いた。「内海唯花、おはよう」唯花は後ろを向いた。「おはよう」「何か手伝うことはあるか?」「いいわ、もしやることがなくてつまらないなら、私の服を干してくれる?それから掃き掃除も」結城理仁はびっくりした。彼女は本当に遠慮がないな。口先では彼女に応えた。「わかった」彼は後ろを向いて去っていった。内海唯花の代わりに服を干して、掃除を始めた。こんなに大きく広い家に夫婦でたった二人、どちらも朝早く夜遅く家には基本いないので部屋はとてもきれいだった。結城理仁はどの部屋も隅まで掃き掃除した。唯花が二人分の朝ごはんを作り終わった時、彼はまだ掃除をしていた。「なんでそんなにタラタラしてるの」内海唯花はひと言つぶやくと、近づいていって、彼の手からホウキを取り上げた。結城理仁は無言になった。彼女は素早く、数分で終わらせてしまった。結城理仁は口を開いて何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。こっそりと何度か彼女の顔色を伺ってみた。昨晩、彼に誤解されてから彼女はものすごく怒って、彼に手まで上げたのだ。まあいい、今朝も引き続き彼に朝食を用意してくれて、顔色もそこまで不機嫌そうではなかった。この娘、手ごわい!結城理仁は内海唯花の性分が少しわかった。なにか問題があるならその場で解決し、復讐ならその場で面と向かってやるのが一番だ。面と向かっていけないなら、チャンスを見計らうのだ。ひと言で核心を突き、彼女に無実の罪を着せず、怒らせない。彼女は気性の良い女性だ。「私の様子を伺いたいなら、コソコソしないで堂々と見たら。私がコンテストで最低でも準優勝できるくらいきれいなことは知ってるけど」結城理仁は我慢できずに笑った。「優勝できるくらいだと言うかと思っ
結城理仁は内海唯花の審美眼に問題があるんじゃないかと疑った。金城琉生は確かに顔が悪くないが、彼と比べることができようか?彼は金城琉生よりも、もっとイケメンのはずだ。彼女の携帯の連絡先に、彼の名前はどう登録されているのだろうか?結城理仁はふいにとても知りたくなった。内海唯花は金城理仁の電話に出た。「唯花さん、おはようございます」「こんなに早くから電話してきて、どうしたの?」「唯花さん、朝ごはんを食べましたか?僕が迎えに行って、店まで送りますよ。途中で朝ごはんを食べませんか。それか、唯花さんが僕に奢ってくれてもいいです」金城琉生の言葉には少し期待が込められていた。昨夜、彼は内海唯花を助けたのだ。今日、唯花姉さんを誘って朝ごはんを一緒に食べて送り迎えをする良い口実ができたというわけだ。「ううん、もうすぐ食べ終わるから。自分で朝食を作ったのよ。あとで夫が店まで送ってくれるから、あなたがわざわざ遠くまで来る必要ないわよ」内海唯花は金城琉生が彼女に片思いをしているとは、露ほども思っていなかった。彼女はただ単純に金城家からトキワ・フラワーガーデンまでがとても遠いと思っていた。朝の通勤ラッシュは渋滞しやすい。金城琉生に遠くからわざわざ来てもらって、渋滞にまで巻き込みたくないと思っていたのだ。金城琉生の満ち溢れていた期待は唯花の「夫が店まで送ってくれる」という言葉で、跡形もなく消えてしまった。まるで冷水を頭から浴びせられ、全身ずぶ濡れになったようだ。彼は内海唯花が既婚者だということを見落としていた!唯花姉さんはずっと彼氏がいなかったのに、突然スピード結婚してしまった。その相手は知らない人......彼女はどうして彼のことを待ってくれなかったのか?彼は今はまだ若いけれども、彼女のスピード結婚の相手に喜んでなるのに。残念なことに、唯花姉さんは一度も彼をその対象として見たことはなかったのだ。彼のことをただ弟としか見ていなかった。知り合ってから長い間、彼に物心がついた頃から、唯花姉さんは片思いの相手だった。しかし......結局のところは虚無でしかなかった。「わかった。唯花さんのバイクが直ったら、店まで持って行かせるから」金城琉生の心はとても苦しかったが、態度を変えずにいたので、内海唯花に彼の様子がおかしいこ
「おばあさんが病気なんだ。肝臓癌で。でも早期の癌だからよかったんだけどな」内海智明は電話で言った。「医者が都内の病院で治療を受けたほうがいいって言うんだ。君たち姉妹は都内に住んでいるし、詳しいだろう。病院の予約を先にして準備しておいてくれないか。私たちはもうすぐ出発する。おばあさんを都内の病院に連れて行くよ」「予約しておいてくれたら、着いてすぐ看てもらって、入院もできるだろう。入院時に保証金を前払いしないといけないところもあるって聞いたんだ。そちらで前払いしといてくれ。君の両親はもう亡くなっているけど、祖父母の世話も責任はあるだろ。君たちは生活費もあげたことないしさ。今おばあさんが病気になったんだから、君たち姉妹で病院にかかる必要を出してくれ。今までの生活費の補填だと思ってさ」従兄の話を聞いて、内海唯花の顔は青ざめた。彼女は十歳で両親を亡くした。二人が命と引き換えにした賠償金は全部で一億二千万だった。祖父母もお金を要求してきたが、それは理解できる、彼らは父親の両親なのだからだ。姉妹は当時幼く、祖父母が奪っていった賠償金は彼らの分の割り当て額をはるかに超えた金額だった。彼女は祖父母が一億二千万の賠償金を受け取った後、そのお金を彼女のおじさんたちに分けていたと知った。彼女には伯父が二人、叔父が一人、おばが二人いる。おじさんたちの家それぞれに一千五百万、二人のおばにはそれぞれ二百五十万、残ったお金は祖父母の老後の費用に当てられた。当時の彼女はまだ小さかったが、十歳でもしっかりと覚えていた。彼女は今でも、祖父母ができるだけ多くの賠償金をもらうために、村の役場や彼女の母親方の親戚の前で今後は姉妹に老後の面倒を見てもらわなくていいと言っていたのを覚えている。しかも合意書にサインまでしたのだ。祖父母、おじたち、そして姉妹二人の拇印までした。合意書は三枚あり、姉妹二人に一枚、祖父母に一枚、村の役場にも一枚保管してあった。証人はこんなにたくさんいるというのに、今従兄は姉妹に対して祖父母に生活費をあげていないと責めるのか!両親が亡くなった後、親戚には誰も姉妹二人を引き取ってくれる人は誰もいなかったことを考えた。一億二千万の賠償金の半分の六千万は祖父母に取られ、母方の祖父母も不公平だと思い四千万取られ、姉妹に残ったのは二千万だけだった。まだ十五
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら